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岡山地方裁判所 昭和31年(ワ)330号 判決

原告 岡本恵三郎

被告 国

訴訟代理人 西本寿喜 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十五万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は初代備前長船康光作長さ二尺二寸七分、鍔鉄製に葵の彫刻金の唐草象眼後藤清乗作の目貫二個附属、後藤祐乗作緻密な彫刻があり其の内に金の原告家定紋四個を象眼し、名工大岡政次作切羽及座金は銅に厚い金巻製鞘は黒漆塗の日本刀一振を所有していた。そうしてこの日本刀の時価は十五万円である。

(二)  ところが昭和二十一年六月三日勅令第三〇〇号によつて刀剣類はたとえ美術品として価値を有するものでも地方長官の許可を受けねば所持が出来ないことになり原告は同年六月地方長官の許可を受けるため右日本刀を提出して所持の許可申請をした。

(三)  しかるに該日本刀は被告において岡山西警察署に保管中その過失によつて行先不明となり遂に原告のもとへかえらなくなつた。

よつて原告は被告の不法行為により該日本刀を失い、その価格相当額の損害を蒙つたので損害の賠償を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告主張の事実中日本刀の返還不能が不可抗力によるものであるとの点を否認し、その余を認め、証拠として甲第一号証、同第二号証の一、二を提出した。

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として第一項中原告が日本刀一振を所持していたことは認めるがその余は不知、第二項は認める。第三項中日本刀が原告の手にかえらなかつたことは認めるがその余は否認する。即ち原告主張の日本刀一振は岡山西警察署に提出され保管中、昭和二十一年八月頃当時岡山に駐留していた岡山軍政部のホーマーグラフ少佐が来署し右日本刀の提出を命じたので、その際係員は右日本刀は所持の許可を受けるため原告より提出しているものである事情を説明し、その提出を拒んだが同少佐はこの要請を容れず強制的に持ちかえつたものである。当時としては警察官は軍政部将校の命令には絶対に服従しなければならず、その提出命令を拒絶するが如きことは到底不可能であつた。その後原告よりの返還要求により西警察署勤務の池本警部補が原告と共に軍政部に出向きその返還方を要請したところホーマーグラフ少佐は既に帰国して不在であり、本件日本刀は遂に返還を受けることができなかつた。このような事情により被告はできるだけのことを尽したけれども持ち去られたのであつて、日本刀を返還できなかつたことについて被告に過失なく全く不可抗力によるものであり、被告の責に基くものでないから原告の請求に応ずることはできないと述べ、立証として証人池本毎太の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告は日本刀一振を所持していたが、昭和二十一年六月三日勅令第三〇〇号銃砲等所持禁止令により刀剣類を所持するには地方長官の許可を要することとなつたため、所持の許可を受くべく、右日本刀を同年六月頃岡山西警察署に提出したところ、同署において鑑定を受けるため保管中同年七月頃岡山軍政部のホーマーグラフ少佐が来署してこれを持ちかえり遂に原告の手にかえらなかつたことは当事者間争いがない。

ところで被告は本件日本刀を原告に返還できなくなつたことは不可抗力によるものであるから被告に責任はないと争うのでこの点について判断する。

証人池本毎太の証言によると、昭和二十一年七月中旬頃当時岡山軍政部に勤務していたホーマーグラフ少佐が岡山西警察署に来署し、所持の許可を受けるため提出され同署の二階に陳列していた日本刀を持ちかえろうとしたので、当時警部補として岡山西警察署に勤務していた訴外池本毎太はこれら日本刀は所持の許可を受けるため提出しているものであることの理由と、更に軍政部の刀剣係将校より決して誰にも渡してはならない旨命じられていることを話して一たん拒否したところ、同少佐は「我々の命令に従えないか、我々の命令が聞けないものは好しからざる人物として処罰する」「刀剣係の将校は自分より下級者だ」といつて原告所有の本件日本刀を含む数振の刀剣を強制的に持ち帰つた。同警部補は軍政部の刀剣係将校のところに赴き、事情を話してなんとかして欲しいと申し出たが、ホーマーグラフ少佐は上級者であるからどうにもならないと取り上げなかつた。当時進駐軍に度々刀剣類を持ちかえられたが、理由はどうであろうと如何ともなし難い状態であつた。その後(同年七月二十三日頃)原告の要請で同警部補は原告と同道して軍政部に行き原告の日本刀を返して貰うようホーマーグラフ少佐に交渉したところ、同少佐はすでに飛行機でアメリカに送つたといつて返還に応じなかつた。以上のことが認められる。

而して当時は終戦後間もなく、吾国は敗戦国として連合軍の占領下にあり、進駐軍の命令は絶対でことの是非にかかわらず服従を強制せられたことは公知の事実である。このような事情のもとで前記認定した事実をみると、当時として出来るだけのことは尽したが権力のもとで強制的に持ちかえつたものと認められ、被告に過失なく不可抗力によるものと認めるのが相当である。従つて爾余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林歓一 藤村辻夫 野曽原秀尚)

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